仮想通貨が「通貨」として普及しえない、たった1つの理由

昨今、仮想通貨が話題になっています。僕は、この仮想通貨は残念ながら通貨として普及することは無いであろうと考えています。ここでは、普及しない唯一かつ絶対的な理由について、『通貨の日本史』の内容をベースに説明していこうと思います。



仮想通貨の最大の特徴は、「特定の国家による価値の保証を持たない」ということです。通常、日本銀行券のような通貨は国家が、その価値を保証しています。では、国家が通貨の価値を保証するようになったのは、果たしていつ頃からだったのでしょうか?実は、つい最近のことなのです。
1971年にニクソン大統領が金と米ドルとの兌換を停止したニクソンショックがその始まりです。それまで、各国の通貨の価値は中央銀行が備蓄している金によって裏付けられていました。つまり中央銀行は国民が通貨と金との交換を要求したら、必ず交換しなければならなかったわけです。国民は国家による通貨の保証を信用しておらず、その裏づけとして金との兌換義務を要求したわけです。これを金本位制といいます。
その金本位制も成立したのは19世紀の中ごろ以後、日本では日清戦争以後と決して長い歴史のあるものではありません。つまり、現代の管理通貨制度に至るまで、世界経済は貨幣制度に対して多くの試行錯誤をしてきました。これらを振り返ることで、仮想通貨の未来もある程度予想できるのではないでしょうか。

いきなり結論を書けば、仮想通貨が普及しない1つの理由とは「中央銀行が存在しない」ということです。仮想通貨には統一された発行主体はいません。そのため、通貨需要にあわせて供給量を恣意的にコントロールすることが出来ないのです。通貨の受給コントロールの歴史こそ、日本史の中心にあったと言っても過言ではない重要事項でした。これを担う組織が存在しない、これが唯一にして最大の理由です。そこで、中央銀行が存在しないことで発生する影響を以下にまとめて行きます。

悪化が良貨を駆逐する。

仮想通貨は供給量がルールによって制限されている一方で、需要はどんどん増えています。そのため、代表的な仮想通貨であるビットコインの価格は、たった5年で10倍以上にも高騰しました。直近3ヶ月でも1.5倍の価値となっており、この記事を記述している10月9日時点で約50万円の値が付いています。
さて、そんな状況で、あなたの手元に1ビットコインと50万円があったとして、あなたは1ビットコイン相当の商品を購入するのに、どちらを使いますか?数年後には、数倍に値上がりしているビットコインと、数年後も価値に変化の無い日本円。普通に考えれば、日本円の方を利用しませんか?このように、その通貨が需要に対して恒常的に供給が追いついていない場合、通貨の価値が上昇し続けるがために、通貨として使用するよりも資産として貯蔵することを選択する人が増え、結果として通貨として流通することがなくなります。
日本では、銅銭の流通が実質的に始まった平安末期の平氏政権から、銅銭の国内生産が安定化する江戸時代までの間(おおよそ中世と呼ばれる時代)、銅銭は基本的に中国からの輸入に頼っていました。一方で、流出する側の中国では銅銭の持ち出しを規制していましたから、銅銭は恒常的に受給のバランスが崩れており、常に銭不足の状況でした。そのため、この時代の遺跡からは埋蔵銭と呼ばれる、壷に収められた大量の銅銭が出土する例をよく見かけます。これらは銅銭を値上がり益を見込んで溜め込んだ事例となります。

デフレーション

昨今はニュースでも「仮想通貨の価格が上がった/下がった」と取り上げられます。しかし、これらのニュースでは無意識のうちに「仮想通貨が日本円に対して」の軸で上下を論じられています。しかし、通貨には交換手段としてだけではなく、モノの価値を定量的に計測する価値尺度としての役割もあります。つまり、サントリーの缶コーヒーが130円で、キリンの缶コーヒーも130円なら、サントリーの缶コーヒーとキリンの缶コーヒーは同じ価値を持っていると理解することが出来るわけです。これが、サントリーのは130円、キリンは1€と表現されていては、毎日どちらが安いかを計算する必要があり消費者にとっては不便です。なので、センチメートルやキログラムと同じように日本円を価値尺度として利用するわけです。
そういった意味で仮想通貨を価値尺度としてみてみると、世間は大きなデフレ状況にあることがわかります。日本円で100万円の軽自動車があったとします。この軽自動車は5年前なら2500ビットコインでした。それが今では2ビットコインです。この軽自動車を年間1万台販売している企業の売上げは5年前は2,500万ビットコイン、今年は2万ビットコインです。減価償却や金融機関への支払いが完全に滞りますね。
多くの企業は決済のために外貨を有しています。それは、取引先が採用している標準通貨が外貨であり、そちらへの支払いに必要だからです。もし、企業がビットコインを保有するとなると、支払先にビットコインで会計処理をしている企業が必要となります。しかし、これだけデフレの激しい通貨で会計処理をする企業が存在するでしょうか?
前述したとおり、中世の日本では銅銭が不足しており慢性的なデフレ状態にありました。その結果として、人々は銅銭での流通を止めるようになり、米や布などを代替の通貨としました。なぜなら、米や布は経済規模に対して十分な供給量があったため、安定した価値尺度となったからです。中世末期の日本では、銅銭の額で定められていた税金の額が米に切り替わりました。これが、「加賀100万石」に代表される石高です。それまでの農村では収穫した米を銅銭に替えて納税していたのですが、デフレのため物価が下がり年々実質税率が上がっている状況でした。それを太閤検地によって石高制に切り替え、百姓は米を米のまま納税できるようにしたのです。

インフレーション

ここまでは、仮想通貨が需要に対して供給量を増やせないことによる現時点での問題を書きました。一方で、将来的に仮想通貨の供給量が需要を上回ったら、どうなるのでしょうか?インフレが起こります。通常、インフレ傾向が加熱すると中央銀行は金利上昇などの金融引き締めの施策をとり、物価の高騰を抑止しようとします。
しかしながら、仮想通貨には供給をコントロールする仕組みがありません。しかも、困ったことに仮想通貨は決済されるたびに新規に通貨が発行されてしまうのです。これをマイニングと呼ぶそうです。つまり、仮想通貨の供給過剰によって価格が下落し、人々が仮想通貨を売り出せば売り出すほどに供給量が増えて価格の下落を加速させてしまうわけです。こうなったら、もう誰も仮想通貨の取引をしなくなりますね。需要が供給を上回るまで、人々は仮想通貨を利用することはないでしょうし、そうなった時点で需要が生み出されるとは思えません。つまり、この時点で価値がゼロになって仮想通貨は終了となるのではないでしょうか。

ドルペッグ制

では、仮想通貨には全く未来は無いのでしょうか?僕は発行主体さえ明確であり、需給をコントロールできるのであれば、仮想通貨にも未来はあり、そのヒントは香港ドルにあるように考えています。香港ドルは中央銀行が発行しているものではありません。HSBC、スタンダードチャータード、中国銀行という民間銀行が発行しています。香港ドルはドルペッグ制というものを採用しており、各銀行は香港ドルを発行するには、裏づけとして所定の米ドルを貯蔵しておく必要があり、これによって香港ドルの価値を保証しているのです。これによって、香港ドルは中央銀行が価値を保証していないにも関わらず、国際的な決済手段として広く利用されています。
このロジックを応用することで仮想通貨の未来が見えてくるような気がしています。つまり、HSBCのような国際的な金融機関が世界中の口座を自社の発行する仮想通貨でもって残高管理するわけです。その裏づけは顧客が自国通貨で預け入れた各国の通貨です。こうすると、HSBCに口座を持つA企業は世界中の支社でHSBCコインでの決済が出来るわけです。HSBCコインで決算短針を発表すれば、企業の売上高が円高/円安で変化することがなくなります(かつて、日本企業では1ドル80円台から120円台まで円安になったことで、ドル建ての売上高が激減し、海外の株主から見た魅力を大きく損ねたことがありました)。
また、国際決済も同一通貨で実施できれば、各国の資金持出制限などの通貨政策の影響を受けることも少なくなります。なにより、通貨価値の安定しない新興国において、一度銀行口座に入金してしまえば、その通貨価値は極めて安定的になるというのは非常に大きなメリットではないでしょうか?

以上、ここまで仮想通貨の問題と未来を歴史の流れからまとめてみました。僕は歴史学は専門でやってきてはいますが、金融やマクロ経済はド素人ですので専門家からの反論はじゃんじゃんお待ちしています。



0 件のコメント:

コメントを投稿